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Rukalog

正しい姿勢で脚痩せしよう→るかろぐ。美容・健康・ダイエット・体の仕組みを知ることが大好きなルカのブログ♡

映画『セッション』の感想(ネタバレ注意)何度も観たい素晴らしい映画。

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『セッション』2回目観てきました

わたしは健康や美容のことに次いで、映画や海外ドラマが大好きです。
1週間前に『セッション』を観てから感動が収まらず、もう一度観たくなって父と一緒に観てきました。
父の日ということと、父が映画大好きなのでこれは絶対に観てほしい!!と思って珍しく2人で出かけました( ´ ▽ ` )ノ

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人に説明したいのにうまく説明できない、ただ泣けるという感動ものではないというところがたまらないです。
 
何の種類かわからない涙が溢れてきて止まらない映画でした。
限られた映画館でしかやっていないのですが、ぜひ観てほしい作品です。
 
※以下ネタバレになりますので、ご注意下さい。
本当に本当に良い映画というか、凄いという言葉でしか表せない、もっと言うと「凄まじい映画」です。
先に観てから、この記事を読んでいただけると嬉しいです。

 

『セッション』の何が良い?

まず、テンポがいいです。
映画ってよく途中でふぅという瞬間があるのですが、それが無いです。
無駄なシーンが一切なく、あっという間に過ぎていきます。
 
そして、とてもシンプルです。
登場人物も場面も、かなり限られています。
アカデミー賞を取ってきた今までの作品と比較して、制作費も非常に少ないようです。
3週間あまりで撮影したとの情報もありました。
シンプルで大胆で、なのに一言では言い表せないストーリーで息を呑む瞬間が多くあります。
 
えっ、、、え?!うわあ、、うそ、、みたいな瞬間がたくさんです。笑
ドラマーと教師の映画と聞くと予想できる感じですが、予測不可能です。
 
いちばんびっくりしたのは、さっきも書いた通り説明できない感動の涙が溢れてきたことです。
このストーリーが泣ける、あの主人公がかわいそうで泣ける、ということはありましたが、この種類の感動は味わったことがほとんどありません。
一つだけ、海外ドラマで『Breaking Bad』というのがあり、その感動の種類が同じようなものです。
作品に対する感動というか、映画そのものに関しての感動です。
凄い、という言葉でしか言い表せません。
 

お父さんは優しい?

主人公ニーマンはお父さんと仲良し?です。
一緒に映画を観るシーンも出てきます。
息子を大切に思っています。
でも、息子のことを本当の意味で大切にはしていないと感じました。
理解していないのです。
自分の枠の中でしか見ていない。
それが、食卓でのシーンから分かるかと思います。
お父さんは優しいですが、優しくすることと伸ばすことは別です。
その意味では、フレッチャーが最も良き理解者なのではないかと思いました。
 
ニーマンは、はじめに「音楽をする理由があるか」とフレッチャーから言われます。
「音楽をする理由がある」と応えるニーマンに、満足そうに嬉しそうにしています。
そして、友達のまだ小さな娘に「将来ピアニストになって楽団に入るか?」と笑いかけているのを偶然見ます。
それからも何度か、音楽について楽しそうに、そして真剣に向き合うフレッチャーを見ることになります。
ニーマンはこのフレッチャーが本当だと知っていたから、精神的苦痛や屈辱にも耐えることができたのだと思います。
フレッチャーの、俺を超えていけるかという挑戦を、ニーマンは苦しみながらも乗り越えたのだと考えます。
そしてさらにその上を行くフレッチャー。
超えてくるニーマン。
この師弟関係、ライバル関係、憎しみ合う関係がたまりません。
同じところに到達したい、もっと上にいきたいという戦いが永遠と続いていきます。
ある意味、信頼関係が成り立っているのかもしれません。
もっともっと上へ、お互いがお互いを超えてくる関係が凄まじいです。
 

チャーリーパーカーとニーマン

フレッチャーは、所々でヒントを与えます。
イス投げの前には、シンバル投げの話を。
そしてわたしは1回目に気がつけなかったのですが、最後ニーマンが舞台で恥をかく前、偶然再会した際にチャーリーパーカーが舞台で笑い者になった話をしています。
そして同じようなことを、ニーマンに仕掛けます。
サラッと話しているので忘れてしまいますが、ここでしっかりニーマンに伝えているのです。
そう考えると、密告しただろという憎しみの言葉は嘘で、超えてくるかどうか?ニーマンはチャーリーパーカーになれるか?という課題だったのだと思えます。
 
ニーマンの「やりすぎて挫折させてしまったのでは?」という問いに答える、「それは違う。なぜなら、第二のチャーリーパーカーは絶対に諦めないからだ」という言葉が残っています。
超えてこれないのなら、そこまでだということですね。
 

体罰指導がどうこうの話ではない

この映画の批評で、体罰指導はいかんみたいなことがあったりするのですが、そういうことではないです。
たしかにやりすぎ感はありますが、完璧を求めるフレッチャーとそれに食らいつくニーマンの関係性は体罰指導なんてことを言っている段階のものではありません。
ニーマンはフレッチャーの良き理解者であり、フレッチャーもニーマンに対しての良き理解者です。
そのことをお互いぎりぎりのところで、どこかでわかっているからこそ成り立つ関係です。
グラグラ揺れますが、それでもニーマンは最後の最後までフレッチャーを理解し、必死に食らいついて華麗なドラムを披露します。
華麗、凄い、凄まじい、必死、快感のドラムです。
かっこよくて死にそうです。
 

2人の笑顔

最後の最後、フレッチャーとニーマンが目を合わせます。
フレッチャーが先に映りますが、口元は見えません。
けど、恐らく笑っています。
ニーマンがそのあとに笑います。
達成感と快感と感動と嬉しさをひとまとめにしたような笑顔が印象的です。
そしてドラムが鳴り響き、曲が変わりエンドロールへ。
かっこよすぎます。
フレッチャーの口元を映さないのは、凄いなと思いました。
ニーマンが笑ったことによって、それだけでもう分かるからです。
2人が到達したかったところにようやく辿り着いた。
それが言葉無しでも映像で痛いほど分かるんです。
 
エンドロールの最後の最後まで感動しっぱなしの映画は初めてでした。
 
なんだか、説明すればするほど薄っぺらくなってしまうのでやめます( ´ ▽ ` )ノ
 
この映画、最高すぎます。
上映期間は毎週観たいくらいです。
2回目観た直後ですが、今もう一回観たいです。笑
素敵な映画に出会えて、幸せでした(^^)
 

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